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みずたま



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その1

後輩がカワイイ。
具体的には、小夏が可愛い。
小柄で、いつも何かしら動いているのでハムスターみたいだ。

今を生きているというか、
そう、あれだ。
恋に突っ走っているというやつだ。

小夏は一年生。
図書委員会で4月から一緒になった。
私は2年生で、ありきたりの目立たない2年生だ。
なんとなく仲がいいというか、私達はよく話をするようになった。



私は帰宅部で、小夏は理化部に入っている。
毎日何をしているのか聞いたら、
飼っている金魚にエサをあげているという。
それが高校生の費やす青春なのか?
いや、そんなことはどうでもいいことだ。

「先輩、どーしましょー!」
元気な小夏の語尾には、いっつも「!」が付いている。
なんでも、
部長が金魚にエサをあげているとか、
他の皆はいつも忘れているとか、
月に一度は部長が水槽を掃除しているとか、
目を輝かせて話す。
話の流れで小夏に聞いてみた。
「金魚...、好きなの?」
「え、えぇ、好きですよ?
金魚、金魚カワイイですよねー!」
思わぬ反応があって、こっちが驚いた。
判りやすい子だ。
つまり、小夏はその部長に恋をしているという事らしい。
そんな感じで、楽しみが一つできた。



恋は落ちるものではなく、見守るものだ。
去年に私は色々あって、
正直そちら方面には近づきたくない。
手を貸すとか、応援するとか、
やりたくないし、できもしない。
高みの見物くらいなら、
見守るだけなら悪くはないだろう。
実際にやっている事といえば、
小夏の話を聴いているだけなのだから。

金魚の世話をコツコツやるくらいだから、地味なのだろう。
地味男(じみお)、と私が勝手に付けたあだ名の彼は、
あっさり正体が判明した。

2-Cのもう一人の図書委員である高科も理化部だ。
それとなく部長について聞いてみた。
「オレだよ、卓球大会で負けたから。」
理化部には現役3年生がいないので、部長は2年生というわけだ。
ヤツは成績がいい方で、典型的な文化系の外見。
なるほど、たしかに地味男だった。
なにせ図書委員やってるもんな。
面白いので、地味男の正体を知っていることは、
もう少しだけ小夏には秘密にしておこう。



当然ながら、図書委員で3人が一緒になることもある。
さすがに、委員の仕事では小夏もあからさまに素振りをみせない。
あからさまではないけれど、その実を知っている私から見ればバレバレだが。

遠くから彼をこっそり見ている小夏。
そっと後ろから肩をたたいてみる。
ゴメンネ、そんなに驚くとは思わなかったのよ。
でもね、ヤツは朴念仁だから、
直接はっきり言わないと伝わらないよ。
なんて事は言ってあげない。



秋口になり、放課後は少し肌寒くなった。
その日の図書室登板は私と高科だった。
私は帰りに本屋へ寄りたかったので、
一人早めに引けるつもりで支度していた。
ヤツには、今度タイヤキを買ってきてやるとか適当なことを言っておいた。

そこへ、小夏が図書室に入ってきた。
文庫本を読んでいた高科の前で止まると、
「家の手伝いを、ちょっとしないとイケナイので、
 今日はこれで、先に失礼します!
 部室にはまだ先輩方が残ってます。
 えっと、部長に断わっておこうと思って。
 さようなら!」
一気に言って出て行った。
彼は、あぁ、とか生返事をして、
特に慌てた様子もなく読みかけの本に戻った。
小夏は、いつもあの調子なのかな。

そのまま帰ってもよかったんだけど何となく、
高科の前で立ち止まり、言ってみた。
「本屋さんへ寄って行かないとイケナイので、
 お先に失礼します。
 えっと、部長に断わっておこうと思って。
 さようなら!」
彼は一言だけ、
「タイヤキ、よろしく。」

くそ、腹が立つな。
タイヤキに毒でも入れてやろうかしら。

2011. 9.15


その2

私はしがない高校教師です。
しがないのは私で、高校は普通の県立です。
現国を教えています。
ええい、面倒くさい。

進学校でもないが、特にレベルが低いわけでもない、よくある高校だ。
それでも年に一人は面白い生徒がやってくる。
興味深いといえば聞こえはいいが、
とどのつまりは変わった人間ということだ。
目下のお薦めは2ーCの清水だろう。
読みは「しょうず」だ。

とにかく面白い娘なのだが、残念ながら、
その良さは普通の高校生にはなかなか伝わらない。
もっぱら一部の教師の間での注目株というところだ。



高校生ともなると大半はケータイを使っているが、持たない生徒もいる。
親が持たせないのではなくて、
主義としてケータイを持たない子達も少なからずいる。
清水もそんな一人で、ケータイの時間感覚が嫌だという。
メールやソーシャル コムに追われる気がして、使いたくないそうだ。

そのせいもあってか、清水には落ち着いた印象がある。
ゆっくりと丁寧に話をする雰囲気だ。
とは言ってもそこは高校生、
よくよく聞いてみると何も考えていない事も少なくない。
そんな彼女の気質のせいか、教師には好かれるタイプだ。
少したれ目気味なせいもあるかな。



私は司書だ。
図書室の司書なら国語の教師だろうという安直な意見がそのまま反映された。
とはいえ安直なのは嫌じゃない。
普通や平凡はむしろ大好きだ。
なにより日常は終わることのないドラマだから、
日々平穏であることは大切だ。

図書室にはリクエスト・ボックスが置かれており、
入れて欲しい本や作家を用紙に書いて入れることになっている。
記名欄も一応あるのだが、書かれていないことも多い。
まじめな生徒、真剣に入れて欲しい本がある生徒は、
名前を書いている場合がある。
これが一つの「面白生徒」フィルタになっている。

去年、入学してすぐ目をひいたのが清水だった。
竹久夢二の画集のリクエストがあったのだが、
復刻版とはいえ、さすがに画集は高校図書室の予算ではなかなか手が出せない。
他に買える本が激減してしまう。
ちゃんと記名されていたので清水と話をしてみた。
湯涌にある夢二記念館のことを紹介したら気に入ってくれたみたいだった。

その後は天沢退二郎、小川未明、とリクエストが続いた。
高校生にしてはなかなかに渋い。
全般に大正時代が好みのようだ。
そんなわけで、清水を「大正ガーリー」と呼んでいる。
ちょっと意味が違う気もするが、私だけが呼ぶのだからよかろう。
これは、並の男子校生にはハードルが高いだろう、さすがに。

そんな清水は1年の後期から図書委員になった。
よく顔を合わせるので自然と話す機会も多くなり、
彼女もちょくちょく司書室へ遊びにくるようになった。

清水の少し大人びた外面が災いしたのか、
私のズケズケした物言いが幸いしたか、
彼女は他の人には話し難いだろう事も私と話すようになった。
私たちはそこそこ馬が合うようだ。

冬に交際していた彼氏とゴタゴタあったらしく、
結局そのまま別れてしまったようだ。
彼女にしては珍しく饒舌で、
それが彼女なりの感情のハケ口だったのかもしれない。
私に出来ることといえば、チャチャを入れながら話を聞いてあげるくらいだ。
恋愛指南や生活指導をするわけでもない。
そういうのは好きな大人にまかせておけばいいだろう。
振り返ってみれば、私も高校生の頃は大人の話なんか半分も聞いてはいなかった。

ゆっくり行きな清水、
アンタの場合、時間は味方よ。

2011. 9.17


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