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おはぎミックス

■その1

だれだかが、落していったもの
どうしてだか、目があってしまったの
小さな音のカケラ
仕方なく拾ってポッケに入れる

それが3日前の出来事で
思い出したのはつい今しがた
「音」はだいぶ熔けていて、ずいぶん小さくなっていた
困ったので、そのまま、お猪口に入れた

日本酒の中で、きらきら光って
もっと小さくなって消えた音

そんなわけで、今日のお酒は、ちょっと美味しい

■その2

春が来た.

家族皆で砂丘へ出た. 私は母に手を引かれて,海岸まで長いこと歩いた. 今日は村だけでなく,市街からも多くの人が海を見に来ている. 風はまだ冷たいが,日差しは少しづつ暖かみを増していた. 氷のきしむ音は数日前よりも小さい. 風に流されてゆっくりと動く氷は,所々に隙間を見せ,数ヵ月振りの海面を覗かせていた.

人々は最善を尽くした. 20世紀の後半から始まった温暖化に対して,21世紀の始めには本格的な備えを開始していた. 大規模な植生と動物相の移転さえ段階的に始められていた. 予想通りに温暖化が進んでも被害は最小限に抑えられるはずだった.

2011年は最も暑い年だったが,その翌年から大寒波が世界を襲った. 「反転」は唐突だった. その後,世界は急速に寒冷化していった. 北大西洋暖流が消滅すると欧州は真っ先に暑い氷河に覆われた. 間宮・津軽海峡が陸続きになり,対馬海流の流入が止まると日本海は冷たくなった. 日本海側でも冬は乾燥し積雪は極端に少なくなったが,流氷は舞鶴まで覆うようになった. 槍ヶ岳では今後数十年のうちに氷河が生まれるらしい. この冬には医王山で雷鳥が見られたそうだ.

午後遅くに,今年初めての敦賀からの連絡船がやってきた. 遠くに船影が見えると喚声があがったが,やがて着岸に備えて人々は寡黙に働き出した. 船が手取港に着くまでにはまだ数時間あった.

■その3 都俣さんの挨拶

都俣さんと出会ったのは、自宅の裏の公園だった.

たまの日曜の夕方,近所をぶらぶら歩くのだ. この近所にも子供は少ないらしく,夕暮れ時の公園はいつも人気がない. 30過ぎの男では,一人で公園に入るのにも,ちょっとした気遣いが必要な御時世である.

ベンチに座って,タバコをくゆらせていると,目の前を空き缶が転がっていた. それを転がしていたのが都俣さんだった.

私が都俣さんに気づいたことに都俣さんが気がつくと,一旦手を止めた. そして軽く会釈をして,都俣さんはまた空き缶を転がし始めた. 自分の身長の半分程もある缶なのだ,

というよりも,都俣さんは空き缶の倍程の背丈しかない. その姿を目で追っていると,ゴミ箱の前で止まった都俣さんは,空き缶を投げ上げてストライク. 折り返して,また私の前を通りかかり,また会釈した. そこで,私は始めて都俣さんに話かけたのだった.

魔法が解禁されて,はや150年余り. 魔法は,珍しいものではなく,むしろ飽かれた存在と言って良い. 高位の魔法使いが空を飛んでいるのを見ることもあるが,いなかではまれだ. かつてゴーレムだったものたちは,今は工事現場で重機と呼ばれている. もとより私は魔法や科学に強い方ではない. 都俣さんのようなもの達は,確か「自律式魔法使い機械」という類のものだったと思う.

「わたくし,トマタと呼ばれております.」 というのが都俣さんの言葉. 都俣という宛字は,私が勝手につけた. 少し話をするうちに,これは自動応答みたいなものだと気が付いた. 縦にした空き缶サイズの都俣さん. もとより,高度な魔法を使用しているはずもなく,簡単な受け答えができる程度なのだった.

しかし,言葉を少し交わすと,都俣さんには不思議な心地よさがある. 式を施した人物の,さりげない上品な気くばりが感じられる. だから,私の中ではトマタではなく,都俣さんになってしまった. それから,私は時々この公園へやってきては,都俣さんと言葉を交わすようになった.

■その4 都俣さんの日常

なんというか,都俣さんの造形は雑だ. 顔は目だけ. 横一本線の瞼と縦一本線の瞳,こけしほどの愛想もない. 手足が針金というのもアレだが,ともすれば,その手足も本体とつながっていない. というか,服の中には中身がない. 一度,挨拶をするときに帽子を脱ぐと,帽子を被っている部分の頭がなかった.

体は雑な都俣さんだが,仕事をもくもくとこなす. 相変わらず,人の少ない時間の公園で,空き缶をゴミ箱へ捨てたり. 小さなゴミを拾い集めている. ちなみに,人が多い時間に活動すると,子供たちにオモチャにされてしまうのだそうだ.

私はというと,時々公園へやってきては都俣さんの邪魔にならない程度におしゃべりをしている.
「良い天気ですねぇ」
「今日は春分ですね」
他愛もないことを,他愛もなく話す. 邪魔をしていないつもりだが,それも微妙かも知れない.

今日も都俣さんはもくもくと働く.

■その5 都俣さんの亡命

「お世話になります.」

その一言とともにやってきたのは都俣さんだった. 実はこの数ヶ月仕事が忙しくて休みはほとんど寝てすごしていた. もちろん公園へも行っていないので,都俣さんと会うのも久しぶりだった.

都俣さんは相変わらず礼儀ただしい. ていねいな言葉使いは,しかし有無をいわせない. かえす言葉を思いつかないうちに,都俣さんは玄関のあけた扉からすすと入ってきた.

器用にはりがねの足をふき,玄関の段差をよじ登る. すぐにリビングがあって,
どうぞ,と私は座布団を差しだす.
おかまいなく,と都俣さんは遠慮する.
それでもすすめると,
どうも,と都俣さんは座る.
身長が15cmほどなので,座布団のまんなかに座ると都俣さんは, 大きなクッションに埋もれたお姫様みたいに見えた. そう話すと,都俣さんは小首をかしげるような素振りをみせた.

個人情報の保護,主人への忠誠,魔法使い機械三原則. そのほか諸々で,都俣さんは家出をした理由を話してくれない. つまるところ,都俣さんが家を出たのだということは分かった. 分かったのはそれだけだった.

そして,一人と一個の共同生活が始まった.

■その6 都俣さんの戦争

終わりは始めから決まっていた.

ストライキ権,のようなものがあるのだそうだ. もとより,都俣さんは15cmほどの「魔法使い機械」である. 蓄えられる魔力はそれほど多くはない. 充分な蓄えがあっても,いつかは尽きてしまう. つまるところ,都俣さんは主人から離れることができない.

そんな小さな都俣さんだが,主人とけんかもする. 科学的な人工知能は知識ベースから造られるが, 「魔法使い機械」は主人の感情の一部をもとに作られる. そもそも,10階層の条件分岐があれば, チューリングテストをパスするくらいの感情を作ることができるのだという. ロボットの人権は,ついに認められることがなかったが, そんなわけで,「魔法使い機械」には部分的ながら人権が存在する.

相変わらず都俣さんは,家出をした理由を何も話してくれない. もの少ない私の部屋では,都俣さんは何もすることがない. 間が持たないのでビスケットを差し出したが,やはり食べないらしい. 日曜の昼間の間の抜けたTVを見ながらのんびり過ごした.

日が傾き,そろそろ晩ご飯の準備をしようかと思った頃, 玄関のベルが鳴った.

それは,都俣さんの主人だった.

■その7 都俣さんのあるじ

「はじめまして」
はじめて会った女性の歳を推測することは苦手だが, 彼女は私より二つ,三つ歳上だろうと思う. 身長は低く,平均的な私でも見下ろす感じになっている. それでプラスマイナスゼロということにして, タメ口で話そうかと一瞬考えた.

しかし,そうしなかった. 都俣さんの主人は緊張しているらしいからだ. それは当然だろう. 見も知らぬ男(表札を見れば分かる)のところへ,突然訪ねていくのだから.

都俣さんの主人は坂下さんといい,都俣さんではなかった. なるほど,都俣さんを作っただけあってどこか似たところがある. 品がよい感じがするが,いい家柄というほどでもない. けれども少し神経質で,人付き合いは苦手のようだ.

どちらかというと人といがみあうのが苦手なような坂下さんだが, どんな理由で都俣さんとケンカになったのだろう. こんな人でもモノへあたるのだろうか. 坂下さんに座布団を差しだしながら,そんなことを考えていた. そして,やはり坂下さんは一度断った.

結局はなしはまとまらず, 坂下さんは,しばらく都俣さんを置いてほしいといった.

■その8 都俣さんの終了

都俣さんとその主人の坂下さんの仲は,悪くはなかったが, なぜか都俣さんは戻ることを拒んでいた. そして,相変わらずその理由を言ってはくれなかった.

坂下さんが時々訪ねてくるようになった. 部屋の中で話をするのも気詰まりなので、 都俣さんと坂下さんと三人で公園へ行った.

そういうことが何回か続いた.

そして,もともと口数が少なかった都俣さんだが, だんだんとしゃべらなくなっていった.

初夏のある日,部屋でうとうとしていると, カタンと小さな音がした. 都俣さんが倒れていた.

何度も呼びかけたが,都俣さんは動かない. そこにあるのは,ただの粗末な人形だった.

しばらくして坂下さんがやってきた. 虫の知らせがしたのだという. 彼女には,もう都俣さんを元に戻すことはできなかった.

そして,二度と都俣さんが動くことはなかった.

■蛇足 都俣さんの不在 -坂下さんの虚言

もとからトマタは居なかった.

小さな人形は,あまり人の目にとまることがなく, 私はその体を借りて,気ままに歩き回った. たまに見つかっても,汚い小さな人形は, あまり他人の興味を引くことはなかった.

ただ子供たちは,動くものは何でも遊ぼうとするので大変だ. 初めのうちは適当に相手をしていたのだが, きりがないので手を上げて,逃げの一手.

そんなふうに気楽な生活をしていた. そこへ,話しかけてくる人が現れた. 適当に自己紹介して,やりすごしたが, それから時々,言葉を交わすようになった, すこしづつ,何かが変わっていった.

私には力がない. 第3級魔法使いの資格では使い魔はおろか, 自律式機械を作るほどの裁量も力量もない.

トマタは勝手に出てきた. 私の口から出た「トマタ」という言葉は, 彼との会話で繰り返されるうちに名前になった. 名前は心を持ち,勝手に動きだし,勝手に逃げ出した. そして勝手に消えていった.

いいわけ,逃避,深層心理,etc. 心理分析は何の役にも立たなかった.

しばらくして,彼がタバコをやめた.

■蛇足2 都俣さんの祝日

座敷に腰かけ,靴を履いているとクラッカーがまだ3個残っている. そのうち一個がコースターの上に乗っていて,ちょうど魔法使いの三角帽みたいに見えた. ふと都俣さんを思い出した私は,そのうちの一個をもらって帰ることにした.

会社の忘年会はいつもの居酒屋での,ささやかな宴会だった. 一番若い○野君が気を利かせてクラッカーを買ってきた. みんなの都合が合わなくてクリスマスの前々日になったからだ.

うちの部署は平均年齢がそこそこ高い. 彼といっしょにはしゃぐ者は少なく,暖かく見守る者の方が多い. それなりに○野君も楽しんだようだが,やはりクラッカーは余ってしまった.

2時間もすると,家族が待つ者や約束を持っている人達が,早めに席を立ち始める. クリスマス前の今日は土曜日だ,それも仕方がない. 私も適当に挨拶して,その場を出ようとした.

クラッカーを手にした私は, 振り返って見ると○野君は奥の方で楽しそうに話をしていたので, 断るのは今度会社でいいだろうと,一人言ちてそのままポケットにクラッカーを忍ばせて, 居酒屋を後にした.

今度,彼女に会ったときにこのことを話そうと思い, そんな,ちょっとしたことに幸せを感じている自分が,時々可笑しくなりながら部屋へ歩いて帰った.





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