エイデルムス(東方山脈)は大陸の東端に位置し,その向こうには大洋が広がっている.
その山と海に挟まれた細長い土地には,とぎれとぎれに森が広がり,その森に守られるように小さな村々が点在し,人が住んでいた.
そこは東の最果ての国と呼ばれたが,それでもかつては恵まれた土地であった.
主公家の臣家たるトラウスバニズの一族がこの地にやってきたのは二百年ほど昔である.
「力ある宝玉」の一つに数えられながら失われていた「氷水晶」の探索に雪の原へ赴いた彼らは,その半身である「あかときの杖」を見出した.
しかし,丁度このころ起こった騒乱は,故国の一族を滅ぼし,残るトラウスバニズをも根絶やしにせんと探し回った.
このため彼らは「あかときの杖」と共にエイデルムスの東側に身を隠し,故国へ帰ることができなくなった.
やがて,この地に定着した彼らの子孫は,密かに「あかときの杖」を代々受け継いでいった.
しかし,時がたつにつれて一族の血は薄まり,かつては人族にして最高と称えられた法技もほとんど失われた.
あかときの杖も,いまやその半身を映すことのない氷水晶を支えたまま,トラウスバニズの名とともに継承された.
かつては杖自身が後継者を選んだと言う「杖の選び」の儀式も,ただ密かに行われる祭りごとの一つになっていた.
キャリオが儀式に参加したのはこの頃である.
「杖の選び」には齢九つ前後の四人の少女が杖の継承者の前に召喚される.
このときの杖の後継者は,既にフィルカに決められていた.
彼女は賢く歳の割に大人びていた,何よりも彼女の父は村の指導者の一人である.
だから,キャリオが儀式に加わったのは,単なる数合わせに過ぎなかった.
形式ばった儀式が九割方終わり,後継者選びの段になったときそれは起こった.
社殿の奥にこもった五人の前で,杖がこの百年あまり見せることのなかった仄かな光を,キャリオの頭上で放った.
杖は何度も四人の前で往復されたが,あかときの杖が選んだのは彼女であることは明らかだった.
杖の継承者は,杖が光を発したことを自らの手柄のように受け止め,先走って後継者をキャリオとした.
儀式が全て終了してからこのことを知った村の者たちは思わぬ結果をいぶかしんだが,結局は儀式という習慣を破ることは憚られた.
こうして,キャリオは流されるままにトラウスバニズを名乗る杖の継承者となってしまった.