非天然色 3

イギリスの誰だかが言ったように「自転車は陸上でもっとも鳥に近づけるスポーツだ」.
そして,もっと鳥に近づく方法は,水に入ることだ.
運痴な私だったけど,唯一得手なのが「泳ぎ」だった.
小学校の夏休みには,プール開放に必ず行った.
泳ぎを始めた頃の私は無敵だった.
2mが5mになり,やみくもに動かしていた手足は,次第に自然と形を成していく.
5mが15mになった.
覚えたての息継ぎさえ苦しくない.
直にどこまでも泳ぎ続けることができるようになった.
けれど,私は飽くことさえまだ知らなかった.
水の中には違う世界があった.
陸上で生活するのに適していない私を,水面一枚を隔てて広がる世界は,変えてくれる.
私は鳥のように泳いだ.
それこそ,ペンギンが南氷洋の海の中を飛ぶように.
水の底からながめると,世界そのものが変わって見えた.
何もかもを忘れて泳ぐことができた.
泳ぎだけを楽しんでいた.
私は「泳ぎ」そのものになっていた.
仕事をするようになって,水から遠ざかる.
それは言い訳だと知ってはいるが,結果は同じだ.
今日,数年振りに泳いだ.
急に思い立って一人で車で.
御盆過ぎの季節外れに,小さな砂浜へ.
水着も4年前のワンピース.
人気のない海に浮かんで空を仰ぎ見てぷかぷか.
それは泳ぐというよりも,水に浸かるだけだ.
夕方になり部屋に帰ってシャワーを浴びた.
そして,ビールを飲みながら少し考えていた.
今日は「泳ぎ」の記憶を確認しに行っただけかもしれないと,思った.