おろしがね 2

もみじおろし,が恐かった.
実際に料理を始めてみると,包丁が手を切ることは滅多にないと気づく.
もちろん,刃物を扱うので慎重になっているのだろう.
それに比べて,オロシガネは意外と伏兵である.
力を入れすぎる,手元が狂う,擦るものの形もだんだん変わっていく.
そして,赤いモノが混じってしまう.
「もみじおろしには,人間の血が入っているんだよ.」
と幼ない私に,教えてくれたのは3つ上の兄だった.
幼さに見合った素直さも持っていた私は,その言葉を鵜呑みにした.
ご丁寧なことに,兄はこのことは誰にも言ってはいけないと釘を刺した.
それ以来,私はもみじおろしが恐くなった.
去年のお盆に,そのことを兄に話したら,まったく覚えていないと言われた.
考えるまでもなく,兄が私についたウソは数知れない.
そんな中の一つのウソだから,忘れてもしょうがないか,となんとなく思った.
それから数日して,珍しく兄から電話がかかってきた.
「あれは,TVをみてたんだ.」
はじめ兄が何を言っているのか分からなかった.
聞けば,もみじおろしのことだという.
TVをみながら,私がどうして赤いのか聞いたという.
赤いのは血の色か,と私が訊いて,兄が生返事をしたそうだ.
変なところで几帳面な兄は,この秋には待望の男の子が生まれる.