「前々から思っていたんだけど,桜の花ってパラボラに似てるよね.」
マサキが言い出した.
また,下らないことを考え付いたんだと思う.
真面目につき合うとくせになるので,適当に話題を変えてみる.
「冷奴のこの切れ目って,飾り包丁かしら.
でも鰹節かけると見えなくなるよね.」
彼女はお酒を飲むたびに,ヘンテコな話を切り出してくる.
どこから仕入れてくるのか,わざわざひねり出してくるのか.
それとも,日頃からそんなことばかり考えているんだろうか?
「チハちゃん,ねぇ聞いてる?
桜の花って,パラボラアンテナに見えない?」
しょうがなく,話にのってあげる.
といっても,いつものように適当に相槌を打って聞き流すだけだ.
「でもこれだけあったら,NHKの集金の人も大変だよね.」
いつものように話はあらぬ方向へ流れていく,お酒の勢いを借りて.
私もちょっと酔ったせいか,考えていた.
もし一つのパラボラが一つの星を向いているとしたら,
一本の桜の木は,ずいぶん多くの星々を捉えているんだろう.
兼六園とお城一杯の桜では,銀河系に足りるだろうか?
「冷奴のは,味を浸み易くするためだそうですよ.」
大学生のバイトの男の子が言った.
さっきの私の独り言を聞いて,ママさんに聞いてくれたようだ.
「んー,ほうなんや.」
そして,冷奴をもうひとつお願いする.
「今度は梅肉のがね.」
マサキは卵焼きをつついて,ていうか頬張っている.
好物なので,ここでは必ず食べている.
出汁巻ではないが砂糖を入れないで,というリクエストには同感だ.
ひとりご機嫌で食べている様子を見ていると,
もう桜のことは忘れているようだ.
こういうところは,まるで子供のよう.
高校生のトハやタカシだって,こんなに無邪気な顔をしない.
習慣のように御茶漬を食べてから,お店を出た.
春とはいえ夜になるとさすがに冷える.
きれいに晴れている夜空をこっそりと仰いでみた.
この星一杯に桜があれば,宇宙の全ての星とつながるのだろうか.
こっそりとみたのは,マサキに知られるのが,なんとなく癪だったからだ.