トナリの青い芝生

鉛筆で紙に線を描くと,それはいつも違う表情を見せる.
笑った線,怒った線,そして,ニヤリとすかした線.
時々はイイ具合に線を引くことができるのだが,
たいていは,思うように描くことができない.
ましてや,同じ線を引くことは二度とできはしない.
そのことに気が付いたのは幼稚園だったと思う.
小学生で漢字を書くようになり,書道を習い,書を描くようになる.
書は雄弁だ.
手を抜けば必ずそれを先生に教えてしまうし,
無心で筆を動かせば,(私なりの)成果を形にしてくれる.
線は組み合わされて文字となり,文字は連なり句となる.
句は集まって文章になり,物語が紡ぎ出される.
物語を読み始めたのは中学生だったと思う.
高校生になるとすぐ手が届く図書館にある,あらかたの物語を読み尽くしてしまった.
そして,頭の中で空想のお話が勝手に拡がり始める.
すぐさまそれは,私の右手を通して紙の上に固定されることを強要し始めた.
受験勉強に隠れてこっそりと書き始めたそれは,
大学の一般教養という名のモラトリアムの中で完成された.
それはヒドいものだった,作品と呼べる代物ですら,なかった.
一言一句がモトネタを容易に想像させる.
勢いに任せただけのそれは,
けれど,紛れもなく私の一部だったと思う.
15年振りに故郷へ帰る.
引越しのために荷物の整理をしていると,学生の頃に書いた文章が出てきた.
その内容をすっかり忘れていた私は,
読んでいる内にたった一人で赤面しながら,
声に出してツッコミを入れつつ,
我に返ると最後まで読んでしまっていた.
その夜,ソレを肴にして,
この土地での最後の酒盛りをした.
晩秋の夜空には,少しだけ欠けた月が出ている.
開けた窓から入ってくる風は,少しつめたかった.
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