自転車に乗っていた.
カタンと小さな音がして,そのまま後輪が動かなくなった.
面倒くさいことになったな,と私は思った.
私の自転車はちょっと変わっている伯父からもらったものだ.
この場合,「ちょっと変わっている」のは自転車はもちろんのこと,
伯父さんも含んでいる.
4年ほど前のこと.
この三角形をした自転車を初めて見たとき,
私は深い意味もなく「カワイイ」と口にした.
それを聞いた伯父さんは,気前よくこの自転車を私に譲ってくれた.
伯父さんは10台近く自転車を持っていて,
その内の一台くらいどうってことないのだろう,くらいに私は軽く考えていた.
家に帰ると,私は思っても見なかったが,ママが困った顔をした.
「兄さんに自転車をもらうとはねぇ…」
結局,返しに行くまにでは至らなかったが,
「何かあったら,あなたが面倒見るのよ.
ママは知らないからね.」
と念を押された.
というより,むしろ,約束させられた.
半年ほどたって,私はようやくそのことの意味を知った.
パンクした自転車を近所の自転車屋へ持っていったら,
「この自転車は,修理できないよ」と言われた.
何だか改造してあるらしく,部品が既製品ではないらしい.
自転車を手でおして伯父さんの家へいった.
このことを伯父さんに話すと,
したり顔で「そりゃそうだ」というようなことを言われた.
自転車はその場ですぐに直してくれたが,その間ずっと,
1時間近く,この自転車の講義を聞くことになった.
ケブラーチェーンがどうとか,
後輪に内蔵された遊星ギアの変速機がどうとか.
帰り道で,ママが言っていたのはこのことだったのかな,と思い出した.
伯父さんはずっと高岡市に住んでいて,
私は2年前から金沢に住んでいる.
自転車が壊れたことを連絡すれば,
伯父さんは仕事が終わるとすぐに車でやってくるだろう.
そして,すぐに直してくれるだろう.
自転車大好きの伯父さんにとっては,
「壊れた自転車を直す」ことさえも楽しみなのだから.
それがかえって,私の気を重くする.
私には,交通手段はこの自転車しかない.
今月は仕送りの残り具合がキビしいので,バスに乗るのも避けたいところ.
しょうがないので,伯父さんにメールしておいた.
5分もせずに「今夜行く」とリプライがきた.
伯父さんはまだ仕事中のはずなのだけど.
その夜,長い話と自転車修理が終わったあと,
伯父さんが言った.
「マサキちゃん,これからしばらく気をつけてね.
オムスビが調子悪くなると,何かややこしいことが起こるからなぁ.」
伯父さんはこの自転車をオムスビという.
この自転車に乗る人はオムスビ海苔だ.
そういえば,前にパンクしたすぐ後に,
私は足を骨折して部活を一ヶ月も休まなくてはならなかった.
オムスビは無事だったけれど.
そして実際,その後に起こった一連の出来事は,いかにもややこしいことだった.