小さな町のごく月並みな家に彼女は生まれた.
そして,普通の町娘として育ち,暮らし,子を育て,家族の墓に入るはずだった.
彼女の人生は,どこにでもある平凡なそれが待っているはずだった.
彼女がまだ幼かった頃,街は突然に竜の襲撃を受けた.
その一晩で町の多くの者が命を失い,街のほとんどの家は瓦礫と化した.
朝になり,変わり果てた世界の片隅で,彼女は自分が一人ぼっちになったことを知った.
数日後,「竜を追う者達」に助けられ,引き取られた彼女は,その名をリアーフといった.
「竜を追う者達」は人知れず山間に住んでいた.
彼らは賢者の指導のもとで密かに魔法使いを育てていた.
それは来るべき竜族との対決への備えであった.
身寄りのないリアーフは,彼らに混ざり,その中で少しづつ魔法を習得していった.
密かな生活の中で,彼女は自分の恋に気が付いた.
若い指導者の一人は,智と力に満ちており,彼女には眩しかった.
それは適わぬ夢であり,それ故にリアーフは露にすることなく,その想いを心の奥底にしまった.
しかし,つかの間の平和な日々にも終わりがきた.
魔術の匂いを嗅ぎつけた竜の群れが,彼女らの村を襲った.
いまだ技の未熟な魔法使いの弟子たちは抗うすべも無く,たやすく竜の餌食となった.
むしろ隠すことのできない若々しい魔力が,彼らの仇となり,逃れることさえ彼らには許されなかった.
助かったのは,偶々村を離れていたリアーフら数名だけだった.
生き残った者に待っていたのは地獄だった.
度重なる竜の襲撃,復讐のための厳しい修行と,旅の中での食うや食わずの生活.
彼らには,一瞬の安らぎの時間さえかなわぬ夢となりはてた.
殊に,他のものに比べ資質乏しいリアーフにとっては,その荷は重かった.
彼女の想い人が,竜の手に掛けられたとき,その絶望は,彼女から女としての全てを奪い去ってしまった.
いまや全てを失ったリアーフは自らに呪縛となる術を施した.
感情は押し殺され,目は色を忘れ,その声は抑揚を失った.
そして心を,ただひたすらに鋼のように鍛え上げた.
「竜を追う者達」は,ついに竜を撃退する糸口となる魔法を解明した.
その法術を修得した者の中には,リアーフの名があった.
ほどなく,その術を使う時がきた.
竜を追うように旅を始めていたリアーフは,ある城塞都市で若い竜と遭遇した.
リアーフは術を駆使し,苦難の末その竜を城壁に追い詰め,そして,遂にはとどめをさすことに成功した.
しかし,リアーフを待っていたのは,更なる地獄に過ぎなかった.
竜の血の海の中で,街の者達からの感謝の言葉は,形だけがむなしく響いた.
血まみれのリアーフに向けられた彼らの眼差しは,竜さえも殺す強大な力を持った「化物」へのそれに他ならなかった.
リアーフは早々にその街を去った.
そして,リアーフは知ったのである.
これまで考えていたよりも,自分が失ったものは遥かに大きいことを.
そして,これから先まだまだ多くのものを失っていかなければならないことを.
続く数年の間に,リアーフら「竜を追う者達」は竜を撃退し,少しずつ人間の版図を広げつつあった.
あるとき,リアーフは竜の言葉ではなく人の言葉で語りかける竜と出会った.
彼とは幾つかの言葉を交わしただけであったが,リアーフはこのとき気が付いた.
自分は人よりも,むしろ竜の方に近いのではないかと.
そしてこれ以後,リアーフは竜を殺すことを止め,言葉の力を持って竜を追い払うようになった.
このために「竜を従えるリアーフ」と呼ばれた.