「断片1998年夏頃」

朝の光
失われていたお伽話が目を覚ましました.
主人を失った庭に,居なくなったはずの主人が,そこにいたのです.
そしてプフリを待っていたことを告げたのです.
いつか,勇敢な騎士が現れ,竜の呪いを解いてくれると.
自分でも不思議でしたが,誰もいない庭でシシルを見つけたことに比べれば,
はるか昔に消えてしまったはずの竜の物語も,至極当然のことのように思われたのです.
星のない夜
シシルは話し続けました.
それは,まるでこの数百年の孤独を埋めあわせるかのようでした.
そして,言葉を止め,うつむくことで,シシルはその願いをプフリに伝えました.
城の外はすっかり暗くなっています.
雲一つないその空には,しかし,一つの星も見えなかったのです.
二人と一匹が通ると城の中が松明で明るく照らし出されます.
しかし,彼らが通りすぎると,すぐに暗闇が追いかけてきます.
その黒い魔物に追いかけられるように,プフリとシシルは走りつづけました.
そして,二人は,最後の扉を開けました.
昇らない陽
次の瞬間,巨大の大声が城中に響き渡りました.
そして,竜の体は吹きあがった炎に包まれました.
ひとしきり燃え上がった火は,突然何かに吸い込まれたように消えてしまいました.
そして,竜の巨躯も,炎と共に消えていました.
「尻尾を盗まれた竜」は,その尻尾を取り戻しました.
しかし,その光る目と不適な笑いを浮かべた表情は,つい先に滅びたはずの竜そのものだったのです.
「一度だけ,恋のまねごとをしたかった.」
止まった時間はゆっくりと再び動き始めました.
そして,溶け始めた時間の中から,凍っていた人々が一人,また一人と現れました.
まもなく,谷の命ある者皆と,そうでない物全てが時間を取り戻したのでした.
多くの時間が再び息をふきかえしました.その中で,たった一つの時間だけが死んでいったのです.
陽の下で
華やかなお祭りの中で,その主役たるプフリだけが暗く沈んでいました.
そして,その隣には栗色の髪をした姫様が座っているのでした.
そのことがプフリにはとても耐えがたいことでした.
宴は,にぎやかに続けられていました.
城の裏口からは,一人の少年がひっそりと出て行きました.