都俣さんの不在 -坂下さんの虚言

もとからトマタは居なかった.
小さな人形は,あまり人の目にとまることがなく,
私はその体を借りて,気ままに歩き回った.
たまに見つかっても,汚い小さな人形は,
あまり他人の興味を引くことはなかった.
ただ子供たちは,動くものは何でも遊ぼうとするので大変だ.
初めのうちは適当に相手をしていたのだが,
きりがないので手を上げて,逃げの一手.
そんなふうに気楽な生活をしていた.
そこへ,話しかけてくる人が現れた.
適当に自己紹介して,やりすごしたが,
それから時々,言葉を交わすようになった,
すこしづつ,何かが変わっていった.

私には力がない.
第3級魔法使いの資格では使い魔はおろか,
自律式機械を作るほどの裁量も力量もない.
トマタは勝手に出てきた.
私の口から出た「トマタ」という言葉は,
彼との会話で繰り返されるうちに名前になった.
名前は心を持ち,勝手に動きだし,勝手に逃げ出した.
そして勝手に消えていった.
いいわけ,逃避,深層心理,etc.
心理分析は何の役にも立たなかった.
しばらくして,彼がタバコをやめた.