「右の袖口のボタン、」
取れそうだよ、と私は田高君に言った。
平日で昼食後の今は閑忙期、
晩秋にしては暖かい日差し、
会社は、のんびりとした空気に包まれていた。
ちょっと困った顔をして彼は、
「もう古くなったから捨てるよ、このワイシャツ。」
今日はもう外回りもないし、とか言う。
まだ着れるよ。
と私は半ば強引に彼をひんむいた。
ポッケからお針子セットを取り出し、
ボタンを付けてあげた。
5分とかからないのに、捨てるなんてもったいない。
会社では私は「もったいないオバサン」だ。
「お局様」だけでは足りないらしい。
昔はこれで「女の子らしいね」と言われたものだが。
世間は変わり、私も歳をとり、
そう言われることは滅多に無い。
服は数年で買い換えられるのが普通になり、
確かに今の既製服では10年保つものはあまりない。
なんて事を考えていたら、また眉間にシワが寄ってたのか、
皆、自分のデスクへ戻って行った。
いつもの事に、ちょっとだけヤレヤレと思っていると、
コーヒーを煎れに行っていた田高君が台所から戻ってきた。
両手に持ってきたマグカップの内の一つを私に差し出し、
「ありがとう」
私は作り笑顔で、
「あらやだ、フラグ立っちゃった?」
彼は目をそらし、
そそくさと逃げるように自分の席へ戻って行った。
後輩をイジメるのもたまにはいいでしょ。
私には知る由もなかった。
数日後、彼からの反撃が始まることを。