雑記

最終戦争後の世界は,それは生き残った者の方が苦しいといわれた時代だった.
かつての強権は消え去ったものの,人々の社会は至るところで崩壊してたし,更に崩れつつあった.
冠山が火を噴き,その煙が大地を覆ってから,大陸から陽の光が無くなった.
北方を覆っていた万年氷は次第にその勢力を増し,年ごとにその版図を拡大していった.
かの教団が滅びて後,世界を統べることはもはや苦しみでしかなかった.
収穫は日毎に減り,戦争で傷ついた者たちは飢え,また荒れた土地を追われるように人々が彷徨う.
そこかしこで略奪が行われ,人が人を殺す,生きるために.
かつて白い魔女と呼ばれたキャリオの法術も,この人々を救うことをできなかった.
年をおうごとに小さくなる人族の生活圏の中で,確実に減っていく人族.
そして最後の希望である東方の聖域.
竜族の魔法が施されたという森は,いまだに人族を寄せ付けず,
数百年に及ぶ沈黙を守りつづけていた.
人族にはもう時間がなかった.
1997. 8.14

都俣さんの祝日

座敷に腰かけ,靴を履いているとクラッカーがまだ3個残っている.
そのうち一個がコースターの上に乗っていて,ちょうど魔法使いの三角帽みたいに見えた.
ふと都俣さんを思い出した私は,そのうちの一個をもらって帰ることにした.
会社の忘年会はいつもの居酒屋での,ささやかな宴会だった.
一番若い○野君が気を利かせてクラッカーを買ってきた.
みんなの都合が合わなくてクリスマスの前々日になったからだ.
うちの部署は平均年齢がそこそこ高い.
彼といっしょにはしゃぐ者は少なく,暖かく見守る者の方が多い.
それなりに○野君も楽しんだようだが,やはりクラッカーは余ってしまった.
2時間もすると,家族が待つ者や約束を持っている人達が,早めに席を立ち始める.
クリスマス前の今日は土曜日だ,それも仕方がない.
私も適当に挨拶して,その場を出ようとした.
クラッカーを手にした私は,
振り返って見ると○野君は奥の方で楽しそうに話をしていたので,
断るのは今度会社でいいだろうと,一人言ちてそのままポケットにクラッカーを忍ばせて,
居酒屋を後にした.
今度,彼女に会ったときにこのことを話そうと思い,
そんな,ちょっとしたことに幸せを感じている自分が,時々可笑しくなりながら部屋へ歩いて帰った.

都俣さんの不在 -坂下さんの虚言

もとからトマタは居なかった.
小さな人形は,あまり人の目にとまることがなく,
私はその体を借りて,気ままに歩き回った.
たまに見つかっても,汚い小さな人形は,
あまり他人の興味を引くことはなかった.
ただ子供たちは,動くものは何でも遊ぼうとするので大変だ.
初めのうちは適当に相手をしていたのだが,
きりがないので手を上げて,逃げの一手.
そんなふうに気楽な生活をしていた.
そこへ,話しかけてくる人が現れた.
適当に自己紹介して,やりすごしたが,
それから時々,言葉を交わすようになった,
すこしづつ,何かが変わっていった.
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おろしがね 3

私に親友と呼べる人がいるなら,それは間違いなくユウだ.
ユウはチャベだ.とにかくよくしゃべる.
私はというと,ほとんど聞き役に徹している.
「話すのは気持ちいいが,聞くのは楽しい.」
と言ったのは誰だったか?
私にとっては,そんな感じだ.
ユウはお祖母ちゃんの形見にオロシガネをもらった.
オロシガネはその機能のシンプルさ故に普遍であるという.
そのため,その形は100年近く変わっていない.
件のオロシガネは銅製のほとんど装飾のないものだ.
やや肉厚で,長い感じもするが,
近所の雑貨屋に置いてあっても違和感はないだろう.
「おろす」行為は雄々しいものだという.
そして,オロシガネの手入れは慎重を期す.
冬のさかむけに噛みついたり,
不用意に扱うと,必ずとばっちりを食らう.
ユウにかかれば,ひとつのオロシガネにも,
7つの不思議と10の神秘が語られる.
もし,ユウが冒険者であるならば,
その伝記を書くのが私の役目だろう.
さて,明日はどこへ探検に行くのかしら.

おろしがね 2

もみじおろし,が恐かった.
実際に料理を始めてみると,包丁が手を切ることは滅多にないと気づく.
もちろん,刃物を扱うので慎重になっているのだろう.
それに比べて,オロシガネは意外と伏兵である.
力を入れすぎる,手元が狂う,擦るものの形もだんだん変わっていく.
そして,赤いモノが混じってしまう.
「もみじおろしには,人間の血が入っているんだよ.」
と幼ない私に,教えてくれたのは3つ上の兄だった.
幼さに見合った素直さも持っていた私は,その言葉を鵜呑みにした.
ご丁寧なことに,兄はこのことは誰にも言ってはいけないと釘を刺した.
それ以来,私はもみじおろしが恐くなった.
去年のお盆に,そのことを兄に話したら,まったく覚えていないと言われた.
考えるまでもなく,兄が私についたウソは数知れない.
そんな中の一つのウソだから,忘れてもしょうがないか,となんとなく思った.
それから数日して,珍しく兄から電話がかかってきた.
「あれは,TVをみてたんだ.」
はじめ兄が何を言っているのか分からなかった.
聞けば,もみじおろしのことだという.
TVをみながら,私がどうして赤いのか聞いたという.
赤いのは血の色か,と私が訊いて,兄が生返事をしたそうだ.
変なところで几帳面な兄は,この秋には待望の男の子が生まれる.

おろしがね

大根やじねんじょをオロシガネでおろすと,だんだん小さくなっていく.
小さくなると力が入らなくなるので,そこでおしまいになる.
母はいつも,指先ほどの大きさになると,それを嬉しそうにポンと口に入れていた.
「残りものにはなんとやら…」とかいいながら.
あまりに楽しそうなので,どうしてって聞いたことがあった.
「ほらっ,擦っていくとだんだん小さくなるでしょ.
そうするとなんか濃くなっていくの.
最後のひとかけは,すごい栄養が詰まっている気がしない?
料理するひとの役得ね.」
母の理屈はよく分からない.
そんな母を放っておけなくて結婚したという父の方にわたしは似たらしい.
いつものことなので,適当にあいづちを打ち,半ば呆れながらわたしは聞き流した.

都俣さんの終了

都俣さんとその主人の坂下さんの仲は,悪くはなかったが,
なぜか都俣さんは戻ることを拒んでいた.
そして,相変わらずその理由を言ってはくれなかった.
坂下さんが時々訪ねてくるようになった.
部屋の中で話をするのも気詰まりなので、
都俣さんと坂下さんと三人で公園へ行った.
そういうことが何回か続いた.
そして,もともと口数が少なかった都俣さんだが,
だんだんとしゃべらなくなっていった.
初夏のある日,部屋でうとうとしていると,
カタンと小さな音がした.
都俣さんが倒れていた.
何度も呼びかけたが,都俣さんは動かない.
そこにあるのは,ただの粗末な人形だった.
しばらくして坂下さんがやってきた.
虫の知らせがしたのだという.
彼女には,もう都俣さんを元に戻すことはできなかった.
そして,二度と都俣さんが動くことはなかった.

日々のネタ

「都俣さん」のお話の続きを書こうとして,
ファイルサーバの調子が悪くなって2週間あまり.
書くタイミングを逸しています.
もともと最初と最後だけを決めて,
途中をだらだらと書いていたのですが,
ちょっと書き足して最後の一話を延ばしてBパートにしたくなったり,
アイデアを広げて別の話にしたくなったり収集がつきません.
昨日の絵も,昔から考えているお話の人なんですが,
描いてると頭の中で具体的に固まってきて,書きたくなります.
仕事は今週から頭をゾウキンのように絞ってるので,
家に帰ると、けっこう放心状態気味.
週末でもヒキコモろうかしら.

都俣さんのあるじ

「はじめまして」
はじめて会った女性の歳を推測することは苦手だが,
彼女は私より二つ,三つ歳上だろうと思う.
身長は低く,平均的な私でも見下ろす感じになっている.
それでプラスマイナスゼロということにして,
タメ口で話そうかと一瞬考えた.
しかし,そうしなかった.
都俣さんの主人は緊張しているらしいからだ.
それは当然だろう.
見も知らぬ男(表札を見れば分かる)のところへ,突然訪ねていくのだから.
都俣さんの主人は○○さんといい,都俣さんではなかった.
なるほど,都俣さんを作っただけあってどこか似たところがある.
品がよい感じがするが,いい家柄というほどでもない.
けれども少し神経質で,人付き合いは苦手のようだ.
どちらかというと人といがみあうのが苦手なような○○さんだが,
どんな理由で都俣さんとケンカになったのだろう.
こんな人でもモノへあたるのだろうか.
○○さんに座布団を差しだしながら,そんなことを考えていた.
そして,やはり○○さんは一度断った.
結局はなしはまとまらず,
○○さんは,しばらく都俣さんを置いてほしいといった.

都俣さんの戦争

終わりは始めから決まっていた.
ストライキ権,のようなものがあるのだそうだ.
もとより,都俣さんは15cmほどの「魔法使い機械」である.
蓄えられる魔力はそれほど多くはない.
充分な蓄えがあっても,いつかは尽きてしまう.
つまるところ,都俣さんは主人から離れることができない.
そんな小さな都俣さんだが,主人とけんかもする.
科学的な人工知能は知識ベースから造られるが,
「魔法使い機械」は主人の感情の一部をもとに作られる.
そもそも,10階層の条件分岐があれば,
チューリングテストをパスするくらいの感情を作ることができるのだという.
ロボットの人権は,ついに認められることがなかったが,
そんなわけで,「魔法使い機械」には部分的ながら人権が存在する.
秘密保持事項やなんやらで,
都俣さんは,家出をした理由を何も話してくれない.
もの少ない私の部屋では,都俣さんは何もすることがない.
間が持たないのでビスケットを差し出したが,やはり食べないらしい.
日曜の昼間の間の抜けたTVを見ながらのんびり過ごした.
日が傾き,そろそろ晩ご飯の準備をしようかと思った頃,
玄関のベルが鳴った.
それが,都俣さんの主人だった.